小説 | ナノ


▼ ナカムラ様

わたしは今、同人誌即売会に来ている。朝からわたしの描いた同人誌をみんなが喜んで買ってくれるのが本当に嬉しくて浮かれていた。恋人の貴重な休みと今日が重なり一時はどうなることかと思ったけど。わたしもたくさんの同人誌を購入し、帰宅するとマンションの前に恋人の姿を見つけ背筋が凍る。

「名前」
「な、なんでおるん?どうしたん?」
「旅行?」
「いや!え、違うねんこれは...」
「とりあえず家行こうか?名前の家でいいよな」

有無を言わさない恋人の様子にわたしは完全に萎縮してしまい、どう言い訳しようと頭の中がずっとぐるぐる回っていた。そういえば、家出るとき最後に見た家の景色を思い出して聖臣の服を掴み「ちょっと待って」と声をかける。

「何で?」
「今朝、急いで家出たから散らかってて...聖臣汚いの嫌やろ?」
「別にいい」
「わ、わたしがよくない...!コンビニでちょっと待ってて?」
「その間に証拠隠滅でもするつもり?」

(いやその通りやけど...!)
図星をつかれ、何も言い返せずにいると「鍵」と不機嫌に言われ観念したわたしは鍵を差し出した。オートロックを解除し、エレベーターを待っている間無言の圧が凄くて泣きそうだった。別れようって言われたらどうしよう、何でバレた?彼女が腐女子だなんて、聖臣のファンにバレたらやばいよな...そんなことを考えていると自分の部屋の前に到着する。聖臣は一言も発せずわたしの部屋の鍵を開けて、中へ入って行く。お願いだから18禁の同人誌が部屋に転がってませんように...!

「ご、ごめんな?仕事ちょっと忙しくてほんまに汚いねん...」

相変わらず無言の聖臣にわたしは耐え切れず、とりあえず洗面所に聖臣を連れて行きリビングの同人誌をかき集めベッドの中に放り込んだ。ふぅ、と一息つくと聖臣が真後ろに立っていて肩を掴まれる。

「何隠した?」
「なん、も隠してへん」
「名前が言ってくれるまで待とうって思ってたけど」

ぐるっと体を回転されて、ベッドの縁にすとんと座らされる。そのままベッドの上に押し倒されたがわたしは背中に当たっている同人誌が折れないかが気になりいつもより荒っぽい聖臣のキスに集中出来ずにいた。

「んっ、まっ、て...きよ、おみ」
「待たない」

このままここで事に及ぶことだけは回避したい。必死に抵抗していると、不意に聖臣の手が止まり至近距離で目を見つめられる。

「俺は、お前が何を隠してるか知りたい」
「えっ?!」
「浮気してる?それとも俺が浮気相手?」
「う、わき?!」
「浮気してたらお前のことなんかすぐ捨ててやろうって考えてたけど、出来るわけないだろ」
「捨てる?!」
「本気で名前に惚れてる。俺を選べよ...!」

ダンっとわたしの頭の横に拳が振り落とされる。わたしは脳内が完全にパニックを起こしていて、釈明したくても何から説明していいのかわからず口を開いては閉じてを繰り返していた。聖臣は拳を振り下ろした先がベッドの感触でないことに気付いたようでわたしの体を強引にお越し布団をめくった。

「何、これ」

聖臣が動揺するのも無理のない話だった。聖臣がめくった布団の中には大量の同人誌が乱雑に置かれており中には表紙のキャラクターがほぼ裸で描かれる物もある。

「ただの漫画...じゃないよな」

聖臣が一冊手に取ろうとした瞬間、これ以上は誤魔化せないとわたしは腹を括り「ごめんなさい...!」とベッドの下で聖臣に土下座をする。わたしの突飛な行動に驚いたのか聖臣はかなり動揺しながらわたしの目の前に座り「土下座はやめろ、バカ」と顔を上げるように体を起こしてくれるが羞恥心に耐えきれずわたしの目からは涙が流れていた。

「泣かすつもりはなかった、悪い」
「ち、ちがっ...わ、わたし漫画オタクでボーイズラブが好きで、こういう本が家にいっぱいあるから聖臣のこと、っ家に呼べへんくてっ...一緒に住むのもっ、バレたら振られるって思ってたからっ」

そこまでいっきに言い切ると、聖臣はわたしを力一杯抱きしめた。その後子供のように泣きじゃくるわたしを聖臣は嫌がらずにずっと背中を撫でてくれていた。

「わたしが浮気してるって思ってたん?」
「うん」
「ひどない?」
「酷いのは名前の方だろ。家には絶対入れてくれない、同棲も拒否。連絡も急に途絶えるじゃん」
「うっ...ごめん。でも誓って浮気はしてへん...!」
「それは分かったからもういい。ごめんな、言いたくないこと言わせて」

聖臣がそう言いながら頭を撫でてくれて、また涙が出そうになる。

「わたしこそ、いつかはバレるやろし言わなあかんってわかってたんやけど。心配させてほんまにごめん」
「ん、いいよ」
「聖臣」
「何」
「好き、大好き」
「俺も好きだよ」

聖臣から優しいキスをされ、お互いを確かめるように求めあった。もちろん、片付けたベッドの上で。その後はあれよあれよという間に同棲の手続きをされ、気づけばわたしは聖臣と一緒に住んでいた。お金は気にしなくていいから、と優しい彼の言葉に甘え一部屋は趣味の部屋にさせてもらって聖臣の立ち入りは禁止になっている。

順調に同棲を続けていたが、わたしの描いた同人誌をリビングに置き忘れる大失態を犯し帰宅すると「俺の言ったこと、やったことを漫画にするのは禁止」と怒られて散々だった。いや、これに関しては絶対にわたしが悪い。ちなみにこの一連の出来事をSNSに漫画で掲載すると東京の出版社さんから雑誌掲載のお話が来たけど丁重にお断りした。



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